高畑勲【映画・作品】

2021年10月1日

高畑 勲 (1935年10月29日 ~ 2018年4月5日)

takahata isao

出生地  三重県宇治山田市(現・伊勢市)

宮崎駿と共に、東映~ジブリとアニメで活躍した監督、演出、プロデューサーで
翻訳家でもある。 宮崎駿が師や兄のような存在として共にアニメを制作し
*パクさんと言う愛称でずっと呼んでいた。*パクパク食パンを食べていた事から。

高畑勲の父親が教師だった為、三重で産まれますが岡山の学校の校長になり
岡山に引っ越し、9歳で戦争の空襲体験をする。詩や翻訳も好きで
東京大学文学部仏文科へ、フランスの長編アニメ映画で好きな詩人プレヴェール
脚本を書いた「王と鳥」の字幕翻訳を担当、このアニメに感動し大学卒業後
東映動画に入社、監督デビューはテレビの狼少年ケンですが
映画・太陽の王子 ホルスの大冒険で監督、後に東映を出てルパン三世
アルプスの少女ハイジ、母をたずねて三千里、赤毛のアンなどの世界名作劇場も
ズイヨー映像(後の日本アニメーション改組)で担当
未来少年コナンでも、宮崎駿を助け、後のガンダムの産みの親・富野喜幸に影響を与える。

またドラえもんの再アニメ化で、藤本弘を納得させた企画書を高畑が作成した事から
今日のドラえもんが在る恩人のひとりとも言われます。
パクさんはナマケモノの子孫ですと、宮崎が譬えるほど製作が遅い事でも有名で
準備なども人一倍時間と手間をかける監督・演出家でした。肺がんのため82歳で逝去。

監督脚本製作

年   タイトル
■東映
1962年  たのしい文明史 鉄ものがたり 演出助手・制作進行
1963年  わんぱく王子の大蛇退治  演出助手 *東映まんがパレード
1963年  暗黒街最大の決闘  助監督 *実写映画
1968年  太陽の王子 ホルスの大冒険  監督・演出
■東京ムービー
1972年  パンダコパンダ  監督 東京ムービー *東宝チャンピオンまつり
1973年  パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻  監督 東京ムービー 
1981年、 じゃリン子チエ監督脚本 *東京ムービー新社 *同時上映・フリテンくん
1982年  セロ弾きのゴーシュ監督脚本*オープロダクション
■スタジオジブリ
1984年  風の谷のナウシカ  プロデューサー *徳間書店
1986年  天空の城ラピュタ  プロデューサー
1987年  柳川堀割物語  監督脚本*二馬力
1988年  火垂るの墓  監督脚本 *同時上映・となりのトトロ 
1989年  魔女の宅急便  音楽演出
1991年  おもひでぽろぽろ 監督脚本
1994年  平成狸合戦ぽんぽこ 監督脚本原作
1999年  ホーホケキョ となりの山田くん 監督脚本製作
2003年  キリクと魔女   日本語吹替版演出・翻訳 *日本劇場未公開、DVD発売のみ
2007年  アズールとアスマール  日本語吹替版監修・演出・翻訳
2013年  かぐや姫の物語 監督脚本原案
2016年  レッドタートル ある島の物語 アーティスティック・プロデューサー

*東映まんがパレード・後の東映まんがまつり 同時上映・ゴジラ電撃大作戦、怪獣大奮戦 ダイゴロウ対ゴリアス
同時上映・東宝チャンピオンまつり、ゴジラ電撃大作戦、怪獣大奮戦 ダイゴロウ対ゴリアス
武元哲・じゃりン子チエ時の高畑勲の別名(ペンネーム)
風の谷のナウシカ・徳間書店、制作会社トップクラフト後にジブリコレクションに入る。
*二馬力・スタジオジブリ近隣に在った個人事務所兼アトリエでスタジオジブリに吸収合併し解散した。

メアリと魔女の花 2017年 感謝とクレジットされています。 *スタジオポノック



Posted by J.MAZDA